『降伏の記録』を読み、寝たのは4時。月初めの夜勤三連続があってから、朝方まで寝れない日が続いている。昨日、「朝フレンチトーストでも作ろうね」と話していたのに、起きたら13時。11時頃に紅茶を入れている音が聞こえたけど、結局起きれなかった。起きたときにはもう出かけていて、ちょっとさみしくなる。

昨日の晩御飯の残りを食べながら、続きを読む。無性に不安がやってくるけど、昨日書いた通り、なすがままよと流す。

ちえさんも言っていたけど、子どもとか、守るものができると人は良くも悪くもそれが拠点になるのだなあと読んでいて感じる。わたしの拠点は、今のところ、わたしの不安にしかない。不安が拠点なのに、その不安を打ち消そうとするので、動けなくなる。だから、不安を残そうともするのだろう。矛盾だらけ。でも、それでいいのかもしれない。

鹿児島に行ったとき、海に入って微妙に溺れたことを思い出す。はじめはシュノーケルをうまく使いこなせなかったから、呼吸のタイミングがつかめず、足場もなく、はじめは「だれかあ」とバタバタしていたけど、誰もいないので静かに背泳ぎで次の足場までたゆたっていく。空しか見えない。岩場までの距離感がつかめなくて、でも前を見たら呼吸ができないから、辛抱して背泳ぎを続ける。さっきはすぐそこにあったのに、時間がかかる気がする。大丈夫かよと思っているうちにようやく足が岩について、立ち上がれる。ほっとした。寄る辺のない不安も、流されているうちにどこかに辿り着くのかもしれない。辿り着いてしまうことが、いいのかどうかもわからないけど。

正直と誠実の違い、寄りかかっているということについて。