かなしいなあ

・何かに対して誠実であることは、必ずしも、そのことを生業にするとかそれを生活の中心にするということではない、はず。言い訳かなあ。そこからドロップアウトすることに罪悪感を覚えたり、降りたことを責任放棄といったりする必要はないとわたしは思う。そう思わない人がたくさんいることは知っているし、わたしもその渦に巻き込まれるけど、わたしは、降りてもいいと言う。

 人と生と死の仕事だから、矛盾ばかりなこの世界は、誠実に考えるほどに立ち止まらずにはいられないはずだ。福祉をやっている少なくない人たちが、素朴に「相手を思いやる」「慈善的」な「優しい」人たちだったりする。でも実際には、わけわからんことばっかりで、イラつくことも多くて、でもそれはどんな人付き合いでもどんな仕事でもそんなに変わらない。なのに、その矛盾をあったかフィルターで覆い隠すくらいなら、ギャーギャー文句言いながらでも考えて、考えて、考え尽くしたい。その種を蒔く。

 

・介護福祉職の人たちに一時間のストライキをすればいいとのツイートを見かけた。ツイート主としては呼びかけでも煽りでもない一言だったのだろうが、わりと拡散されていた。ただ、こういう風に書くと、重度の人たちにとっては命に関わることなので避難轟々になるだろうと思ったが、案の定コメント欄はいろんな意見であふれていた。このツイート主は、高齢者の施設とか介護予防とかに入っている人なのかな。一時間見てなくたって命に関わらない介護と、そうでない介護がある。そもそも、介護って何?

 

・制度として誰かの生を支えることは必要だろう。でも、この人の生を大切にするのに、あの人の身体的・精神的生をないがしろにされるのはやっぱり変だと思うなあ。あの人たちの喜びは最優先されるのに、そのために涙を流す人がいるのは、変なことではないのかなあ。風邪を引くのはそんなにいけないことなのか。自分の生を成り立たせるために、人にのべつまくなしに怒りをぶつけることはそんなに正しいことなのか。まあでもこのようなことも、この世界にはありふれていて、そんなに変わらないことかもしれない。みんな、自分のことを考えている。そうでしかないのかもしれない。

 

・あ〜もうどうでもいいよって気になってくるよ〜。