おぼえてる? 途方にくれるときいつも見ているそれはたくさんの壁/井上法子

 

近しい人に「いつからか、空を見ることにした」といわれた。空なんか毎日みてるやろと思いながら、見上げたら、空があった。けっこう驚いた。あるなあ。それ以来、わたしも、空はたまに見ることにしてる。

部屋にいれば、いつも壁をみてる。でも、「途方にくれるときいつも見ている」もの、それは壁なのである。短歌は、意識から追いやられたもの/ごとの存在を確かめることなんだとようやくわかってきて、おもしろくなってきた。毎日歌集を読んでいる。

 

午前三時に、図書館のHPを検索したら、「800m以内」「現在営業中」のタグが表示されている。

この時間にやってるわけはないので、みな「閉店中」と書かれてる。

だけど、午前三時にやっている図書館がもし一つでもあったとしたら、それは誰かの切実な願いのための本を届けることになるんだろう。すごいなあ。小説みたい。

「したいことがない」と生活/暮らしの関係

「なにもない」ところにある、ものたち

 初めての場所を歩いているとき、それが都市の大きさに関係なく、いろんなものごとが見える。年季の入った公民館、立て看板、タバコを吸うおっちゃん、鉄橋の下を潜り抜けた先のたこ焼きや。いいなあ、近所にはないなあと思う。住みたいなあとすら思える。

 でも、ここも住み始めた頃は、帰り道に図書館があり、シマチューがあり、ベローチェがあり、今時珍しいボロいラーメン屋がある、ということをいちいち意識していたことを思い出す。「なにもない」という感覚の多くは、慣れによる。自分の部屋も、引っ越してきたときは、ものたちの配置に気を使い、小さなゴミが目に入るが、そのうちにゴミも本棚の位置も当たり前になる。当たり前になると、意識されなくなる。だから、「なにもない」(=外部が内部化された)ことになる。

 

 ハイデガーを引くことがあっているかはわからないけど、写真という媒体は、「なにもない」と意識の奥底に引っ込んでいた「ある」という事実をフレームのなかに収める行為なのだろう。写真論を熱心に読んでいたわけではないが、勉強してもいいかもしれない。

http://ours-magazine.jp/kari-colle/041/

 こういう写真をみると、ただ、ものがあるという一瞬が立ち現れる。

(引用すべき写真はいくらでもあるだろうが、この手のおうち、暮らし方系の思想に、かなりもやもやしたものを抱えているので、あえて。最後に書く。)

 写真を見るとき、そのなかに何が写されているかを見ようとする。「なにもない」としていたものごとたちの存在が立ち現れてくる。

 

 

「したいことがない」問題

 「したいことがない」「何のために生きているのかわからない」という苦しさに、この構造を重ねてみることができそう。野望や欲望があって、何かをしている人たちをみると、おお、わたしはそういうものがないな、と圧倒されていた。みんなすごい。わたしはだめだ。うわあ。

 陰鬱に過ごしているとき、自分は「なにもしてない」と思われる。そのなかに、布団でうずくまるとか、唐突にあんこを炊くとか、濡れたティッシュを放ったら畳がモネラ化するとか、たばこを吸うとか、頻繁にトイレに行ってみるとか、多くの行為が発生している。「なにもしてない」の奥底に、意識から追いやっている「していること」がある。だが、そういわれても、納得できない。 なにもしてないから! ウァー!

 「なにもしてない」「したいことがない」と考えるのは、「なにかをしてる/何かのために生きている」と判断する主体が自分の外部にあることによるのではないか。外部の規範を内部化することで、動けなくなる。ガタリの「隷属集団」は参考になりそうだ。詳しくは読んでみて。

 

隷属集団とは、外部から自分たちの法を受け入れる集団であり、それは内的な法を受け入れてみずからを創設しようとするもうひとつの集団と異なっている。

            フェリックス・ガタリ精神分析と横断性――制度分析の試み』

 

 逆に、してはいけないとわかっているのにしてしまうこともある。子供のことを殴っていた人に、「殴ってはいけない」と「殴ってしまう」のダブルバインドは苦しかったと聞く。

 

 これらを考えると、行為することと、意味や意志があることは、直接につながるものではない気がする。

 

外部化された内部としての地方

 ここで、最初のおうちや暮らしの話に戻る。「したいことがない」の底の「なにかしてる」を考えたときに、食べる・寝る・住むが自然と立ち現れてくる。そうだ、わたしは、暮らしをしているではないか!となるらしい。田舎暮らし、コミュニティ/集団、働かない、ていねい、ゆっくり、自然、いえい。その暮らしをTwitterなりFacebookなりで、「どうだ!」とか「きて!」とアピールする。

 

 ……うう、むずむずする。

 ここでは、行為は意志のもとでしか発生しないわけではないという話をしていた気がする。なので、わたしには彼らが、毎日淡々とこなす「生活をしているのだ!」と強烈な意志を見せつけられている感じがしてしまう。強迫的な「なにかしなくては」幻想に囚われているようにみえる。「なにもしてない」ゾーンにありえた暮らしを、「なにかしている」に逆転させる。

 

「みんな、なにかしてるのだ!」

「やったー」

わたし「???」

 

 実態としてのまったり生活は楽しいのだろう。たまに畑仕事やると楽しいし、土管の上で寝転ぶのはきもちいい。わたしも好き。

 ただ、「なにかをしている」幻想は崩れない。その幻想のもとで、生きるのもままならないほどの暗さとしての外部は、「暮らしをする」ことで内部化される。

 

 わたしは、そこにのれない。意味や意志のコントロールできない圧倒的な外部に晒されて、立ちすくんでしまう。意志の外で生じることを無防備に、楽観的に受け入れているわけでもない。怖い。おびえる。たばこをいっぱい吸ったり、うずくまったり、ぶつぶつひとりごとを言いながら道を歩いてる。

C氏のはなし

「孤独すぎて、公衆電話に駆け込んで、てきとうに番号を押すのね。つながって。『もしもし……誰? いたずら電話? プープープー』ってなる。

「ただ人の声がききたくて、何を話すでもなく電話をかけつづける。それも雪の日の夜に。

ブラックホールみたいな、奈落の底みたいな、ひとり。なんていえばいいかよくわからないけど。

 

「小三くらいのとき、死ぬという選択肢をなくした瞬間のことを覚えている。床屋に行って、いつもおさげをしていた髪をバッサリ切った。

「それまでどう思ってたのかは覚えてない、記憶を消したのかもしれない。

「振り返ると、そんな決断が必要だった、それくらいギリギリだったんだろうと思う。

 

「もうずっと忘れてたけど、結婚してからも、ずっとききつづけてたことがあった。『どうしてわたしを選んだの?』って。

「ためし行動がすごくて、前の男に会いに行ったりもした。それでもわたしでいいの?って思ってた。

 

「それから、子供を殴ってた。自分が殴られてたから、子供のことは絶対に殴らない、父のようにはならないって強く思ってるのに、どうしてもやってしまう。

「それが怖くて病院に行った。物語を書き換える作業がいるって言われた、けど、そのときにそれが上手くいったとは思わない。

「子供を殴ってから冷静になって、ごめんねわたしのこと殴ってっていって、泣いたりもした。

 

「そうすると、長男は「おかあさんはがんばってるよ、えらいよ」って抱きしめてくれたんだよね……。

「無償の愛を与えるのは、親じゃなくて、子供なんだよね。

「でも、長男が小三のときに、真面目な顔で、「もうぶたないで」って言ってきた。それから、もう暴力はできなくなった。ぱったりと終わった。

 

「次女に対しては、障害児の兄弟でかわいそうというアイデンティティを与えてしまったかもしれない。

「自分が子供のときにほしかったものは全部あげようと、むしろ完璧な親を目指していた。長女(障害がある当人)が入院しているときも夏は旅行だと思って、連れて行った。顔に「するべきだからやってる」って書いてあったかもしれないけど……それがダブルバインドになってしまったかもしれないけど。

「いろんな人から次女がかわいそうって非難された。でもわたしは完璧にやっていたと思うし、だから爆発した。そういう話を次女ともした。次女はさみしかったと言っていた。

「でも次女は、自分がかわいそうって思うの、卒業することにしたよって言った。へーと思った。

「わたしも、ごめんね申し訳ないと思うのをやめようと思う。

 

「ためし行動がどうして止んだかって、

「長女のことでいっぱいいっぱいだったのもあるし、ずっと一緒に住んでると、好きとか嫌いとかじゃなくなるね(笑)

「あとは、おばさんになると楽だよ。歳をとると。死ぬまでの方が早いと思うと、楽。

「こんなのは今、何の助けにもならないかもしれないけど。でも勝手に話すね。

 

「自分のこの孤独さとかしんどさはずっと一生あるよ。消えるものじゃないよ。

 

「でも、泣くほど好きな人に出会えるなんていいじゃん。子供たちにもそんな人と出会ってほしい。

「今となっては、そんな絶望みたいな孤独を味わっときなよと思う。

「一緒に住んでるんだから、一緒にいるって決めたんだと思うよ。きちんと、大切な人をたぐりよせてるじゃん。

「死ぬという選択肢がなくなったきっかけは、俺じゃないのかと思ってるだろうな(笑)

 

 

むしょうのあいをあたえるのは、おやじゃない、こども。あいしてる。

物語にして世界を書き換えるのではなく、ぼわぼわした不安を世界の接点にして、怯えたり誰かを傷つけて悲しくなったりすること。

穂村弘と西尾維新の文体

 短歌を読んでいる。『桜前線開架宣言』や某誌の短歌特集が出たときに一通り読んでみたが、あのときはピンとこなかった。穂村さんは「ラジオ体操の歌があんなにおそろしかったのには意味がある。二人乗りの自転車が眩しい生き物に見えたのには意味がある。女の子に口が利けなかったのには意味がある。自分の考えが自意識過剰な怠け者の妄想としか思えないことには意味がある。世界の不気味さにはすべて意味があるのではないか」と『短歌という爆弾』で書いている。

 穂村さんは、現実とアクセス不具合であることを、短歌という他者に昇華する。ことばをつむいでいく動機は、自分の本が(自主出版ではなく)本屋の棚にあること、ひいては彼の歌が文学であること、そして他人が僕を好きになってくれることなどにあるようで、いずれも他者に審級がある。だからこそ、常に漂う不安。無人島にいて、もう外の世界に人がいないとなったら書かないと言っていたのはそれをよく表している。

 

 それに対して増田の記事。名文だあ。

行動に理由なんていらないのだ、と。行動の理由なんて事前にいくら用意したところで、たいていの場合、それは建前やこじつけでしかなく、本当のところは後になってからしかわからない。ミネルバフクロウなのだ。後になってからしかわからないなら、後になってから知ればいい。いまは行動するだけでいい。そう思う。

特別なことなんて何も起きなくていい。夢も希望もなくていい。

人生に物語は要らない。

 一方で増田は、享楽の仕方がわかっている人だ。「人生に物語は要らない」は、あらゆることを物語化していく穂村さんの対極だろう。「物語は要らない」ことの条件は、物語にまつわるアクターのネットワークから離脱することだ。たとえば、

1.時間軸の連関を断つ

2.読者という他者を必要としない

3.トラウマをキャラ化しない=享楽の地点にしない

 トラウマ*1が物語化されるのは、そうでもしないと自己が消滅するからだろう。病気「になる」ことやマイノリティ「になる」ことも物語にしていく一つの手がかりだ。Xという原因の結果としてY→Zが生じる。親が巻き爪の遺伝を持っていたから、わたしは巻き爪で、人差し指に食い込んで、痛い。

 自己が消滅するほどにアイロニーにもユーモアにも落ち込まない、享楽の地点にアクセスする(cf『勉強の哲学』)ために、穂村さんは物語を紡ぎ、増田はいま行動する。どちらも鬱屈した暗さはある。さらに前者は、不安も変わらずにある。穂村さんは精神分析的で、増田は認知行動療法っぽい。

 

 そう考えると、穂村さんと西尾維新は似ている(なので、わたしは愛憎半ばに、彼らを愛してる)。トラウマをキャラにすることを、現実世界との接点とする。そのことで、穂村さんがどこかで書いていたように、真の内気さは失われ、その代わりに「ベッドで菓子パンを食べる人……」を声をかけてくれる人や居場所が生み出される。西尾維新は、掟 上今日子に忘却してもらわないといけない。

 そのことに、どうも限界を感じるのだ。愛憎の「憎」の部分。

 

 増田と穂村さんの間で、どう足掻くかについて考える必要がありそうだ。課題。

*1:機能しなくなった前提、と定義しておく